ライオン25年目のただいま を見ました
インドの貧困地域で生まれた少年(6~7才に見える)サルーが主人公
ある日一緒にいた兄とはぐれ、そのまま誤って電車に乗ってしまい、1600km離れたカルカッタでストリートチルドレンになってしまう。
流転して孤児院にたどり着いたところ、幸運にも偶然オーストラリア人の夫婦の養子にとってもらえることになった。
自分の生まれた町の名前すら知らない彼だったが、タスマニアで何不自由ない生活を送っていた30歳を越えたある日、グーグルマップの写真から自分の生まれた家を発見する
25年ぶりに故郷に帰った彼は、そこで帰りを信じて待つ母親と再会できたのだった。
という感動でしかない映画
貧困生活の描写にリアリティがあった
とは言っても、貧困生活のことを僕はよく知らないが
物語の最後、サルーが故郷に帰ったところがクライマックスである
貧困国の最貧困層出身の彼が、優しい先進国の夫婦にたまたま選ばれ、愛されて育ち、そして幸運にも故郷を見つけ出し凱旋する
彼はおそらく家族を連れてオーストラリアに戻るのだろう
だって、一度先進国の豊かな生活を知ってしまったらいまさら電気がないところに住めないからね
でも、幸運な彼らは脱出できても貧困窟は依然として残り、残された人々は電気のある生活を知らずに一生を終える
それでいいのか?
そこんとこはスルーでいいのか?
この世界には歴然たる貧富の差がある
下の階の人間は、上の階の生活を知らないほうが幸せ、なのだろう
サルーは上に上がってしまった
だから下には戻れない
僕だって、上であると同時に下でもある
でも上のことはよく知らない
だから幸せ